「ルーキー 」 〜第13節 H 横浜FC戦〜

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憂鬱な月曜

「先生、ザスパまた負けちゃったね」
胸に、紺色で“MugaMuchu”と書かれた、真っ黄色なTシャツを着た生徒が、純粋無垢な笑顔で彼に話しかけた。

「そうだね、負けちゃったね」

対して、彼の返事は重苦しかった。G.Wが終わったばかりの5月上旬にも関わらず、一足早い梅雨を迎えたかの様に、どんよりと湿った返事だった。土曜日のザスパの敗戦をうけ、日曜に気持ちを切り替えようと憂さ晴らしに出かけたものの、やはり心にかかった霧は拭えず、そのまま月曜日を迎えていた。

彼は、この4月から小学校で働いている新米教師だ。新任とはいえ、既に非常勤として大学卒業後に1年間現場経験を積んでいる為、先輩の先生達からの期待は大きく、いきなり担任を任される大抜擢を受けた。

そして、彼がザスパをこよなく愛するサポーターであることは、すでに生徒達の知るところとなっていた。それは、先日ザスパの試合観戦に訪れた際、ある生徒と鉢合わせしたからで、その生徒こそ、月曜朝一の挨拶に鉄球を投げ込んできた、目の前に立つこの生徒だ。この子が学校に普段着として着てくる“MugMuchu”と書かれた黄色いTシャツは、昨年ザスパの試合で無料配布されたものだ。

「でも、一昨日の試合は、相手の山形が強かったんだよ。だから仕方ないよ」生徒を励ますというよりは、自らを励ますために、心にもないことを口にする。

生徒は、そんな彼の気持ちを知ってか知らずか「そうだね、仕方ないよ!」と頷き「だって山形はさ、ザスパから移籍した富居も瀬川も全然試合に出れないような強豪だもんね!」と言い残し、走り去った。
またしても鉄球を投げつけられた彼は、生徒の背中に向かい「廊下は走るなよ〜」と蚊の鳴くような声で呼びかける。彼の気持ちも、10戦勝ち星をあげられていないザスパも、“五里霧中”そのものだった。

 

日曜の夕どき

日曜日。彼は、朝から平日に片付けられなかった業務に追われていた。前日の土曜日も、同じ様にして1日潰した。唯一違うのは、夕方4時に仕事の手を休めてTVの前に着坐したことだ。

月曜日から胸の内に漂う深い霧は未だ晴れず、それどころかさらに濃くなっていた。というのも、彼に起きた仕事上のトラブルが原因だった。

事は、水曜日に起きた。いつものようにヘトヘトになって帰路についた車中、疲労で気だるい身体にじんわりとした達成感を見つける最中、唐突にスマホが音を立てて暴れ出した。ディスプレイに移し出された番号を確認すると、勤務先の学校のものだった。嫌な予感はしつつも、無視するわけにもいかず、恐る恐る電話に出た。

電話の主は勤務先の先輩で、何でも彼に対するクレームを生徒の親から受けたという。ただし、クレームとは言っても内容はモンスターペアレンツのそれに他ならず、「うちの子の担任に新米教師をあてるとは何事だ」という無茶苦茶なものだったという。

翌日、会議でこの話題は取り上げられたが、彼に落ち度は別段見当たらず、叱責されるようなことはなかった。この様なことは昨今珍しくないため、先輩達も口々に「気にするなよ」と声をかけてくれた。だが、彼にとっては「なぜ自分が?」と思わずにはいられない出来事だった。新人というだけで認められない自分。1年とはいえ経験を携えてやってきたにも関わらず、何をするでもなく新米教師と切り捨てられる。この理不尽な評価をどう消化したらいいのか……

そんな鬱憤を貯めていた彼にとって、日曜の試合開始2間前、ザスパのクラブ公式LINEから送られてきた横浜FC戦のスターティングメンバーは、衝撃的な布陣だった。

なんと、服部監督は先発に3人同時でルーキー起用したのだ。しかも、そのうちの1人、中村 駿はアマチュア契約の選手だ。彼は至極当然に中村の気持ちを想像した。周りには自分より実力のある選手ばかり。しかも、その中には同い年でプロ契約を掴んだ選手もいる。中村はどういう心持ちで試合に望むのだろうか?卑屈になったりしないのか?もし、自分だったら迷いなくプレー出来るだろうか?

サッカーを見たらまだ片付ける仕事があるので、とりあえずビールは我慢することにして、代わりにジンジャーエールをグラスに注ぐ。ザスパクサツ群馬vs横浜FC、キックオフの時間がやってきた。

 

トンネル

彼の目から見ても、ザスパの不調の原因は明らかだった。それは、“縦”以外の攻撃の形を見出せていないことだ。

今季のザスパは開幕2連勝をあげ、単独首位にも立った。クラブ史上初の快挙だ。もはや遠い過去のことに感じるが、その時のザスパのサッカーは単純だった。“ボールを奪って、攻める” これだけだ。

選手の大部分を入れ替えたザスパは、相手チームにしてみれば情報が乏しく、縦に速いスタイルは結果として敵の虚を突いた。が、それはほんの数試合だった。

試合を重ね、スカウティングをされ、ザスパは丸裸になった。単純明快なサッカーが故、弱点が露わになるのに時間はそうかからなかった。

まずはボールの預け所であり、攻撃のキーポイントである小牟田 洋佑に仕事をさせないこと。小牟田には人数を割いても構わない。小牟田さえ封じれば、相棒である常盤 聡も仕事が出来ないと言っていいからだ。なぜ?常盤に直接決定的なパスが出ることはまずないからだ。ザスパにそのような決定的なパスを出せる選手はいない。怪我で離脱している吉濱 遼平以外には。

瀬川 祐輔、高橋 駿太の両ワイドのアタッカーに対しては、縦を切ることだ。内に誘き寄せてスペースを奪ってしまえば、殆ど仕事は出来ないとみていい。ボールをボランチまで戻させたら、後はサイドに出すか、裏に長いボールを蹴り込むだけなので、対処は難しくない。

最終ラインまで戻った場合は、さらに相手が優位になる。“獲物”とばかりに狙われるのは、足元の技術に乏しい川岸 祐輔だ。川岸に狙いを定めてプレッシングをかけられれば、いつ決定的なミスを犯すかわからない。川岸は技術を気持ちでカバーし続けていたが、それも既に限界が見えていた。

こうして、ザスパにはなす術が無くなった。チーム戦術である縦へのサッカーは塞がれ、それ以外の形も見出せず、チームは10試合勝ちから遠ざかった。真っ暗闇が続く、長い長いトンネル。だが、暗いからこそ見えるものもある。

新米教師の彼は日々の業務に追われ、敷島に通うこともままならなくなっていた。しかし、TV観戦だけは欠かさなかった。そして、絶望的な敗戦を喫した先の山形戦で、ほんの僅かばかりの光を見た。

それは、セットプレーと、あるルーキーの存在だ。

山形戦では、CKの機会が多かった。ゴールの臭いがするプレーこそ多くはなかったが、それでもなんとか相手陣地へと押し込むことは出来るようになってきていた。CKには縦も横もない。攻撃の形が無くとも、点を取ることは可能だ。

そしてあるルーキーとは、この試合で唯一の得点を挙げた背番号32、アマチュア契約の中村 駿に他ならない。縦を切られたチームに必要なピースは、チームコンダクターとしてパスを散らせるボランチだ。混迷する松下 裕樹の相方選びだが、中村 駿こそ松下の相方となり得る存在だと、彼は感じていた。

 

ルーキー

横浜FC戦が始まった。刻々とゲームは進む。中村 駿はといえば、堂々と戦っていた。そこにアマチュア契約という劣等感は見られない。胸を張って、チームの舵をとっていた。彼が山形戦で見た光は、先発出場という機会を得て、今まさに光り輝いていた。

この試合、最も重要な先制点は、これまでの戦績に最も責任を感じているであろう主将によってもたらされた。しかも、彼がもう1つの光と感じたCKからだ。きっと相当な数の練習をこなしたに違いない。ゴールに向かって縦一列に並んだ選手達は、高瀬 優孝のキックに合わせて一斉に散らばった。そして、まんまとフリーとなった坪内 秀介が開幕戦以来となるヘディングゴールを叩き込んだ。その瞬間、彼は声をあげずにはいられなかった。そして1人きりの部屋のなか、強く拳を握り締めた。やれば出来る。練習は嘘をつかない。

この日の得点は、尽く彼の魂を揺さぶった。どちらも中村 駿と同じ、ルーキー2人がもたらしたものだ。

2点目は、瀬川 祐輔のなりふり構わず足を放り出したシュートから生まれた。ルーキーながら既にスタメンの座を掴んでいる瀬川だが、まだまだ現状には満足している様子はない。

3点目は、山岸 祐也の仕掛けから生まれたPKだった。山岸は今季、サイドハーフとボランチでプレー機会を与えられていたが、目立った活躍は出来ていなかった。しかし、この日一番目に見える結果を残してみせたのは山岸だ。ザスパのFW陣に求められる守備のスイッチ、相手DFラインへのチェイスも懸命に行った。そして1ゴール、1“アシスト”。山岸はこの日、自分の居場所を明確に示してみせた。

終盤に横浜FCの反撃を受け、1点は失ったものの、11試合振りの勝ちを得たザスパ。たかが、1勝。されど、大きな1勝だ。

ルーキー達が手繰り寄せ、チーム全員で掴んだ勝ち点3は、しっかりとした価値を伴っていた。試合終了後、敗戦にうな垂れながらも整列する横浜FCの選手とは対照的に、歩く体力もないと言わんばかりにピッチに倒れこむザスパの選手達。その姿が、彼の目に焼き付いていた。

新米教師として社会に出て、僅かばかりの経験は役に立たなかった。言われもない理不尽な理由で、己を否定されてやりきれない気持ちにもなった。心にかかった、ずっしりと重苦しい霧。

「そんなもん気にするな。悩んでないで、とにかく走れ。走って、走って、走りきれ。そしたら、結果は自ずとついてくる」

同世代のルーキー達が、ザスパの選手達が、背中を押してくれている気がした。

その日の夜、仕事を片付けた彼は、久しぶりに勝利の美酒を味わった。来週末、ザスパはアウェイで徳島と対戦する。今日の勢いに乗って、連勝出来るだろうか?今日のような戦いを来週も見れるだろうか?冷えたグラスを片手に、今日の試合を思い返し、次なる戦いに思いを馳せる。

日が暮れても日中の暖かさをほのかに感じ、この時を待ちわびていた小さな虫たちの存在を少しずつ感じるようになった。来週の試合がどうなるかわからないように、明日からの仕事で何が待ち受けているかはわからない。けれど、一生懸命走ろう。やるべきことを、ただ、やるだけだ。彼の心は晴れやかだった。

翌日。朝の廊下で、例の“MugaMuchuTシャツの生徒に出くわした。生徒のTシャツは黄緑色に変わっている。彼に気づいた生徒は跳ね上がるように駆け寄るそして、どちらからともなくハイタッチを交わした。生徒の眩い声が、廊下に響き渡る。

「先生、ザスパ勝ったね!」

 

 

試合結果

 

2016明治安田生命J2リーグ 第13節 公式記録

 

 



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「ルーキー 」 〜第13節 H 横浜FC戦〜」への2件のフィードバック

  1. 徳島サポ

    こんなすばらしい記事、ザスパサポーターがうらやましいです!
    毎回のリアルがこうした物語になるとは。。
    こちらも久々の勝利でウキウキしている人が多いですが、お互い、来週もいい記事が書けることを祈って、応援しましょうね!

  2. LYOH 投稿作成者

    >徳島サポさん
    コメントありがとうございます!
    昨年は別のブログで試合内容を細かに書いていたりしたのですが、おかげさまでザスパにもザスパに特化したメディアが立ち上がりまして。
    それなら別の角度でザスパの魅力を伝えたいなと思い試行錯誤しているところです。
    お褒めの言葉、大変励みになりました!次節、徳島で白熱した試合を期待しています!

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